AI時代の金融ブランドのハブになる——
『エムット』誕生の舞台裏【後篇】

2025年6月、MUFGはグループの個人向け金融サービスを一つに束ねる新サービスブランド「エムット」を始動させました。銀行、証券、カード、資産運用——これまでバラバラだったサービスを、「お金のあれこれ、まるっと。」というスローガンのもとに統合。「一人一人の未来に、もっと豊かさを。」というミッションのもと、デジタルバンクの開業などを目指すリテール変革の中核とすべく展開しています。
後編では、引き続きMUFG でリテール変革を率いる株式会社三菱UFJ銀行 常務執行役員/リテール・デジタル部門副部門長の山下邦裕さん、「サブブランドをつくる」という戦略を提案し、ブランド開発に伴走したdof代表/クリエイティブ・ディレクターの齋藤太郎(以下、齋藤)、dof 執行役員/ブランディング・ディレクターの工藤拓真(以下、工藤)が、巨大な組織における「変革の流儀」を語ります。銀行のブランドから、金融のブランドへ。巨大な組織は、どうすれば変われるのか。山下さんの言葉には、業種を問わず、大きな組織で新しい挑戦に挑むすべての人への、ヒントが詰まっていた。引き続き、どふぞご覧ください。

銀行ブランドから、金融ブランドへ。

ー聞き手
変革が進む中で、これまでの銀行ブランドとこれからのブランドとで、どのような違いを感じますか。
ー山下さん
この先つくりあげるのは、単なる銀行のブランドではなく、金融のブランドであるべきなんです。うちのグループは、どうしても銀行が中心という感覚がある。それを本当の意味で「金融ブランド」として広げられるかどうか。ここが、次の大きな挑戦だと思っています。
ー聞き手
その中心に、エムットがあるということですね。
ー山下さん
はい。これから挑むデジタルバンクのアプリ開発が、お客様の体験の、いろいろなものの中心にくる。そのアプリは銀行のアプリというより、金融のスーパーアプリにしたい。お金にまつわる用事や困り事、ニーズがあるとき、思わず開きたくなるアプリ。その中核に、今回ご一緒につくったサブブランドを据えたいと考えています。
ー齋藤
開発当時から、口座やカードだけでなく、いろいろなものが横に並んで成り立つ、というお話でしたよね。いよいよ、ですね。
0.6歩でも、進み続ける。

ー工藤
これまで、他業種でも「ナンバーワンのブランドだからこそ生み出せるもの」に携わる機会を数多くいただいてきました。山下さんとのお仕事で感じた迫力も、まさにそこでした。一方で、いま挑戦されていることは、大企業から見れば前人未到で、難しいことも多いと想像します。大きな組織の中で変革を起こしていくとき、山下さんが大事にされていることは何ですか。
ー山下さん
理想は、みんなで一気に進むことですけど、大企業ならではの難しさがある。いきなり10歩、20歩は無理。でも前に進むからには、0.6歩でも、1歩でも、進み続けることが大事なんです。それが5歩、10歩になってくると、最初は懐疑的だった人たちも理解し、後押しをしてくれて、全体の歩みが速くなる。いずれみんなのエンジンが集中して同じ方向を向くと、一気に50歩進めるときが来る。そうなると、大企業ならではの変革が起きるんだと思います。
ー齋藤
まさにファーストペンギンですね。見方によっては、あえて波風を立てなくてもいいお立場なのに、リスクを取って飛び込む。それだけでも素晴らしいのに、何よりそれをすごく楽しんでいるのがカッコいい。「せっかく挑戦できるんだから、面白いことをやろうぜ」という空気感がとても素敵だなと感じていました。この案件には、我々が一番信頼出来るアートディレクターの戸田宏一郎さん(CC inc.)とコピーライターの岡本欣也さん(オカキン)、プランナーの権八成裕さん(Gompa)とのクリエイティブチームで挑んだのですが、そんなドリームチームで仕事ができたのも、山下さんの熱意のおかげです。
変革は出島から。
ー山下さん
もう一つ、今まさに開業を目指しているデジタルバンクのように、戦略のコアをより速く動かすために、従来の意思決定のメカニズムから少しだけ距離を置いたところに「箱」をつくったこともうまく作用しました。いわば、「出島」ですね。日々いろいろなことを少人数で決めるので、高速で仕掛けられる。保守的に見られがちな金融業界ですが、弊社・弊行の経営陣も挑戦を応援してくれています。だから案外、意思決定の速さをキープできているんです。
―聞き手
速さの先で、最先端のチャレンジを仕掛け続けているんですね。
ー山下さん
これから認可を頂くことを前提に設立するデジタルバンク、そして今回生まれたサブブランドこそ、MUFG グループの中核にしていくのだと、経営全体として支援をしてくれています。これからのAI時代のデジタル・AI顧客体験は、デジタルバンクを中核に組み立てていく。こう説明すると、デジバン以外のメンバーは少し寂しく感じることもありますが、その皆には「むしろデジバンを自分たちのプラットフォームだと捉えて、一緒に改革していこう」と。前人未到の大勝負に乗り出すのに、対立は要らない。全員で挑む必要があるんです。

信じて託す、ということ。

ー工藤
決める力もそうですが、山下さんの凄みは「託す力」だと感じています。ちゃんと任せきる。すごいスペシャルティです。誰かに仕事を託すとき、どんなことを考えていらっしゃるんですか。
ー山下さん
たとえば、いまデジタルバンク構想でもご一緒している、「ウェルスナビ」という会社があります。四年ほど前に、創業者の柴山和久さん(ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEO)とお会いしてお話ししたときに、僕が今後MUFGでやりたいことと、柴山さんがやりたいことが完全に一致していて。「この人と組んだら、いろんなものがうまくいくかもしれない」と感じました。だから「じゃあ、一緒にやっちゃおう」と。考え方や中長期のビジョンが一致している人にはつべこべ注文をつけずに、信じて任せる。もちろん、プロフェッショナルとしてのケイパビリティは大前提ですが、同じ未来を見ているかどうかは、すごく大事な視点です。
―聞き手
だからこそ、腹を割って話せるんですね。
ー山下さん
そうですね。お互いにオーナーシップを持つ、とも言えます。ウェルスナビの皆さんには「MUFG をウェルスナビ化してくれ」と伝えているんです。事業はもちろん、事業以上に、カルチャーを。うちの会社は、リテールがウェルスナビ化したら、間違いなく速く、強くなる。プラットフォームの考え方、顧客体験への向き合い方。そうしたことを一緒にやってほしい、と伝えています。
ー齋藤
外の血をどう入れるか、というお話は、さまざまな大企業の参考になりますね。
ー山下さん
どの会社の方と話しても、大企業の悩みは本当に共通しているんですよ。既存の枠組みに囚われた考え方だけでは、変わりたいと思っても変わり方がわからない。dofさんやウェルスナビさんのように、いろんな場所で活躍されているパートナーと関わることで、会社は一番変わりやすくなるのだと思います。そして「こっちの方が正しくて、楽しくて、素晴らしい」とわかると、パッと変わって、グッと進み始める。もともとそれができる素直な人はたくさんいますから。だからこそ、まだまだ変えられる余地はある、と思っています。
さあ、これからが本番だ。

―聞き手
本当に多くのお話を、ありがとうございました。最後に、MUFGブランドをこれからどう磨いていかれるか、教えてください。
ー山下さん
これからが、まさに本番なんです。旗を立てて、狼煙を上げて、みんながついてきて、現場が盛り上がり始めている。そこからタンジブルなサービスが出てくるのが、これからです。さらにもう一段、フェーズ2として、これまで貯めてきたブランド価値と、実際に使われる具体的な価値を繋いでいく。それらがちゃんと伝われば、大きなステップアップができると考えています。そして、そこでも常に「エムットがその中核なんだ」というブランドになっていく。あのとき、dofさんに「サブブランドを作るべきだ」と提案してもらった。それが、僕たちの変革の、いちばんの起点になったんです。だからこそ、それを大切に、ひたすら紡いで、磨いていきたいと思います。
ー齋藤
僕らは、そのファーストステップを作り上げるお手伝いをさせていただきました。ブランドって、ロゴや名前だけじゃないんですよね。この中に、ファクトがあり、本当のサービスがあり、世の中の人が「これでいいね」と言ってくれることで、資産がどんどん溜まっていく。山下さんのおっしゃるフェーズ2を、しっかりやりきっていただいて、僕らが一緒に生み出したものが、もっともっと国民的なブランドとして育っていく。それが、僕らにとっても一番嬉しいことです。山下さんやチームの皆さんなら、きっとやってくれる。本当に期待していますし、応援しています。
ー工藤
全国津々浦々で見られるのが、大企業の力ですよね。僕は九州の出身なんですが、九州の街でも、ちゃんと見るわけです。GO のお仕事でも、東京で企画したものが、どんどん全国に広がっていくのを体感してきました。その力が、今度は MUFGの エムットで起きている。これから、どれだけ広がっていくのか。一人のユーザーとしてはもちろん、生みの親としても、楽しみに見守っていきたいと思います。引き続き、よろしくお願いします。

写真・文:宇佐見 彰太(dof)
